音楽地獄

音楽に関係ありそうなことと、音楽に関係なさそうなことについて書きます。コメント欄が今のデザインだと小さくて分かりづらいですがブログ下部にあります。

【古典芸能】私も「文楽って面白いの?」と思ってました。

 ◼︎文楽を観に行ってきました!

 先日、国立劇場にて初の文楽鑑賞をしてきました。とにかく行って良かったと思っています(特に近松門左衛門の『心中宵庚申』には泣かされた)。でも実は、長い間私は文楽*1に全然興味なかったし、むしろ「文楽ってそんな面白いん?」とすら思ってました。そんな私でも面白いと感じるようになったということは、まだ観たことは無いけど知ればハマる人たちって他にも潜在的には結構いると思います。この記事はそういう人たちに向けて書いてます。文楽面白いよ。

◼︎なぜ私は文楽に興味を持つようになったのか。

 そもそも、なぜ私は文楽にはまったのか。一言で表せば「今年の授業*2で観て面白さに気づいたから」です。

 

 とはいえ授業はきっかけにすぎず、なんなら1、2年の頃は別に面白いとは思いませんでした。試験あるしなんかよう分からんが用語とりあえず覚えなきゃな〜〜って感じ(先生、本当すいません)。

 興味を持ち始めたのはここ半年くらいです。日本音楽の講義を受けてる先生と雑談するようになったり、自分が劇伴の演奏しはじめたのをきっかけに演劇に興味が湧いた時だったりしたので、単にタイミングが良かったんでしょうね。

 まあこれだけではブログ書いた意味が無いので、文楽の面白さを熱苦しく書いておきたいと思います。自分も興味持ち始めたばかりではありますが、好きになる人が増えてくれたら嬉しい。

◼︎今までの文楽のイメージ。

 実は大学で勉強するようになるまで「そもそも文楽人形浄瑠璃って何??歌舞伎の人形劇版?」、「確か近松門左衛門とかいたよな・・・」というくらいの知識しかなく、文楽に全く馴染みがありませんでした。あと、「なんだか日本人形こわい」っていう印象。大学に入って授業などでなんとなく触れるようになってからも、文楽に対するイメージは、「関西の文化であまり馴染みが無いのかもなあ〜」、「歌舞伎と相互に影響を与えてるらしい」っていう程度のものでした。近松門左衛門に関しては今でこそ好きな日本史上の人物の一人ですが、”悲しい話を書いてた江戸時代の爺さん”っていう知識しかありませんでした。色々すいません。

◼︎「文楽=怖い」?

 よく言われるけど日本人形って確かにちょっと怖い印象を受けるって人も多いよね。幼い頃に自分の地元にも文楽の巡回公演が来てたのですが、その公演のポスターが黒の背景に人形がうつむいているようなデザインで、それを見たとき「なんか怖いな…」という印象を受けたのをよく覚えています。今思えば雰囲気のある素敵なポスターだったのですが、ポップでキャッチーなものに惹かれる子供からしたらビックリしてしまいました。あとはストーリーとして心中の話が多かったり、案外テーマが暗かったり。あと、心中で剣を刺す場面もあったりするんですが、これまた(血は出ないにせよ)苦しむ動きがリアル。もしかしたらそのあたりも影を感じさせる理由なのかも知れません。

◼︎関東は文楽に馴染みが薄い・・・?

 自分が文楽に馴染みがなかった理由として、自分含め親戚がほぼ関東や東北の出身者ばかりという、地理的な影響もあったと思います。人形浄瑠璃自体は日本のあらゆる地域でみられるものの*3基本的には西日本を中心に栄えた文化だと言えます。

 私の祖母は80代後半で昔から東京に住んでいます。歌舞伎や落語が好きで、いわゆる日本の伝統芸能を結構観る人です。それでも話を聞くと文楽はそこまで身近な存在ではなかった様子で、"文楽=上方(大阪)のもの"という認識が強いようです。(ただ別の地域のものだから興味が湧かないとかそういう話ではなく、テレビ放映やってたら観たりしてます)。関東においては歌舞伎や落語ほど上演してなかったようで、ほとんど観に行ったことがなかったようです。私自身も高校の鑑賞教室は能を観たりしたけれど、文楽を取り上げた学校行事は特に無かったです。

◼︎結局のところ文楽のどこに惹かれるのか?

 散々「怖そう」だの「暗そう」だの、「興味なかった」だの文楽をこき下ろしてしまいましたが、じゃあ一体自分は文楽の何に面白さを感じるようになったのか。今回は人形に焦点を当てて書きます。(もちろん文楽の魅力は他にも脚本だとか義太夫節だとか、色々あります。本当はもっと別の視点からも書きたかったけど、人形遣いの動作について書いてたら力尽きました。そちらはまたいずれ)。

◼︎人形であること。そして人形遣いによる「動作美」。

 音楽、絵、映画、演劇、手紙、電話、etc...。およそ媒体と言われるものにはすべからく「表現出来ること」と「表現出来ないこと」があり、それが各媒体の持ち味になっていると思っています。当然文楽にもそれが当てはまり、特に人形である(実際の人間ではない)からこそ生まれる魅力が確実に存在していると感じます。

 文楽の人形は基本的にはあまり表情が動きません。"ガブ"と言われるような、突然顔が鬼のように変わる仕掛けの人形も居ますが、これができるのは一部の人形であり、観客を驚かせる効果を目指したためひとまず別枠として考えてください。*4。眉毛や目が動く人形も居ますが、いかんせん人形の顔が小さいため、いわゆる”顔芸”はあまり得意ではありません(繰り返すけど、特殊効果に当たる”ガブ”は別)。

 では文楽において、視覚に訴える効果はどこが生み出すのか。それは人形の身体の動作です。さらに言えば人間で言うところの関節です。首、腕、手首、背中などの部分が可動となっており「人形遣い」と言われる役柄の人が3人掛かりで一人の人形を動かします。

 人形遣いは、動作の機微によって登場人物の性格や感情表現を巧みに操ります。恐ろしがる場面では手が震え、愉快な場面では滑稽さを引き出すかのように大げさになる。首の頷き具合でも、大きく力強く頷くのと、ゆっくりしんみり頷くのとでは、印象が全く違う。泣き方一つにしても、裾を噛むように悔しそうに泣く*5、そっと涙を拭って色っぽく泣く等、バリエーションが沢山あるわけです。

 人形遣いが具体的に何してるか、もっと詳しくご覧になりたい方はこの動画がおすすめ。自分は特に女の人形の足の遣い方に感心しました(4:26あたりから解説してます)。面白いねぇ。


5分でわかる文楽~人形遣い編 

  人形の動きを見ていると、所作って人間の心情や人となりをよく表すものなんだなあと改めて気づかされます。授業で先生も「私たちも日常の動作において学ぶところがあるかもしれませんね」と仰っていたのだけど、本当にその通りだと思います。そしてこれは「生身の人間ではなく人形」という一種の制約があるからこそ、浮き彫りになるのではないかと思うのです。

 実際には命が宿っていない物に対して「まるで生きているかのよう」という表現がよくなされます。文楽の人形は、その動作によって「生の人間が抱く感情」を訴えることに非常に長けていると感じます。その様はまるで生きている人間そのもの、むしろ生身の人間以上に人間性が強調されていると言っていいかも知れません。

 

◼︎読んでくれてありがとうございました。 

 さて・・・まだまだ書きたいこと沢山あったんだけど、人形と人形遣いについて書いたところで一旦筆をおきたいと思います(力尽きた)。近松門左衛門の魅力だとか、実際の舞台を観た感想なんかもいずれ書きたいと思っています。

 それではまた。

 

人形浄瑠璃の歴史

人形浄瑠璃の歴史

 

*1:人形浄瑠璃のこと。その中でも"文楽"は大阪で成立し本拠地とする人形浄瑠璃の系譜を指します。自分が鑑賞した公演では『文楽公演』と銘打っており、ブログ中は「文楽」で統一します

*2:自分は音楽学部の学生で、音楽学を専攻しています。文楽はじめ日本の伝統音楽は自分自身の専門の研究対象では無いけれど、日本音楽の授業も結構とってます。音楽系の学部や授業が無い他大学よりも伝統芸能に触れる機会はかなり高い環境だとは思います。

*3:日本全国津々浦々の人形浄瑠璃文化に関しては、自分が読んだ範囲では広瀬久也『人形浄瑠璃の歴史』が詳しいです。(ただリンク貼ってあるアマゾンレビューにもある通り、"いい意味でも悪い意味でも、在野研究者の著作"という印象が否めず、全体的にはあまり論証的な内容ではありませんが…)。全国の人形浄瑠璃をまとめたもので、何かおすすめの著作があれば教えてください

*4:余談ですが、自分の母は幼い頃、偶然一人の時に夜中のテレビ放映で女の人形が鬼の顔になる場面を見てしまったらしく、怖くて眠れなかったのが若干トラウマだったとか。私の中で「人形浄瑠璃って怖いのか・・・」というイメージが先行してたのも、母の体験を聞いたのが要因の一つかも知れません。

*5:人形によっては、必要な場合は口元に針を施すものもある。そこに裾の布を引っ掛けて引っ張ると、まるで裾を歯で噛んでいるように見えるという工夫。