音楽地獄

音楽に関係ありそうなことと、音楽に関係なさそうなことについて書く。

それでもキミは【高齢系YOUTUBER】 を笑い続けるか?? -小田嶋隆「司令官たちの戦争、僕らの働き方改革」を読んで。

◼︎日本の笑いの価値観

 ダウンタウンがお笑い界隈のヒエラルキーの上位にいて、そして「弱い者をあざ笑う」ような芸風が目立つのが今の日本の「お笑い」の価値観と現状だと思ってます。 

 このことに関して、以下の記事で、小田嶋隆が切れ味の良い文体で指摘をしています。小田嶋の主張によると、現代の政権と現状のお笑い、それぞれが背後に持つ思想は共通しており、どちらも「強者目線」でしか語られていない。そうした指摘から国家批判につなげています。

business.nikkeibp.co.jp

(政治の話から始まるんで、そういうのなんかわからんし堅っ苦しいなと思ったら3、4ページあたりから読むと良いと思う。)

 

◼︎皆さん、「人をあざ笑う」ということに慣れていませんか。

 ところでお気付きの方もいるかもしれませんけど、今回の記事タイトルの元ネタは今日(2018年2月23日)書かれて、おすすめ記事としてはてなトップにピックアップされている、にゃるら氏の記事です。

nyalra.hatenablog.com

  

 詳しい説明は省くので、ブログを読んでみてください。

 以下はにゃるら氏のブログから引用したものです。 

すみこさん(75)の意思というより、恐らく撮影役であろう孫の悪ふざけ感が見え隠れしなくもないですが」

 「因みにコメント欄には「死ねよババア」という辛辣なコメントもあり、返信を開くと「おまえが死ねよ」などと非常にYouTubeのコメ欄らしい喧嘩が勃発している様子が観測できたり。70を超える知らない老人にもアンチは存在するようです。わざわざコメントせずとも、あと十数年待てば天寿を全うすると思われますが。」

 (引用文の太線はにゃるら氏によるもので、原文まま。)これらの発言は、直接的にはにゃるら氏本人が「死ね」などと攻撃をしているわけではありません。ただし「悪ふざけ」であろうことを暗黙の了解的笑いとしている点、そして「あと十数年待てば天寿を全うすると思われますが」という"オチ"をつけて「死ねよババア」と言うネタを結局笑いに落とし込むというような点において、<動画の中の人物を嘲笑ってOKという空気感>を巧みに作り出し、「死ね」と発言する人たちと共犯関係に陥っていると思います。

 まあこれをどう感じるか、「これが面白いんだから良いじゃんか」とするなら、それはその人の感性であるとしか言いようがありません。

 わざわざネットの記事に対してムキになるなよって批判もあるかと思います。もしかして、この記事を見て笑顔になり元気が出た人も、おばあちゃんに会いに行こうかなとプラスの印象を受けた人も、いるかもしれない。そういう人に水を差すつもりはありません(さらに言えば、おばあちゃんと投稿を補佐する者の関係性もわからず、動画が投稿されたこと自体に批判的なわけではない)。

 ただ、このにゃるら氏の記事を読んで、一瞬「えっ」と思った人は私だけではないのではないかと思います。事実、ブクマエントリの中に以下のようなコメントが見受けられました。

 chinachang 孫のyoutuberごっこに付き合わせられてる感があって観るのがつらい…。本当に不特定多数の人に公開されているのを理解してるのか疑問…。理解した上でならもう何も言えない。 2018/02/23

 その一方で、他のコメントには面白がるもの、悪質さを笑うものも多く見受けられました。

 しかし、最初の一瞬は言い得ない悪意を感じるサムネにぎょっとしながらも、「これが流行ってるなら面白いものなのかもしれない」と無抵抗・無批判に思考を切り替え、次の瞬間には同じように「ババア死ね」とコメントを残し小馬鹿にして笑う人が出てくるのではないかと思います。

 繰り返すけれど、私は現段階で投稿者の意図や動画の出演者の意向を知らないため、単に「こんな投稿をするな!」という批判しているつもりはありません。こういった動画を見て「人を見下してあざ笑うのはOKだ」という構造が平然と存在していることに対しての批判です。

 

◼︎ あなたの笑いは「弱者を笑う」イデオロギーに侵されている。

 ちょっと扇動的な小見出しにしてしまいましたが、これが私の言いたかったことです。そして冒頭で引用した小田嶋氏のコラムには、印象的な言葉が綴られています。

現代にあって、お笑いは、新自由主義的な、市場原理主義的な、勝ち組が負け組を嘲笑して悦に入る的な、功成り名遂げた先輩芸人が下っ端の芸人やアガリ症の素人を小突き回してその挙動不審のリアクションを冷笑するみたいな娯楽になっているということだ。

 (下線の強調はブログ執筆者によるもの。)

 現在の日本では、テレビ、ネット、あらゆる娯楽において「弱者を嘲笑うお笑い」というのは溢れており、枚挙に暇がありません。また、「弱者」だと思わずに(もしくは嘲笑ったつもりではないのに)笑いのネタに取り入れて問題になったケースも最近頻発しています。

◼︎それでもあなたは「弱者」を笑い続けますか?

 確かに笑いというものは、奇抜なことや滑稽なことを面白がるという要素を持っています。一方で日本において政治的な批判を取り入れた笑いも全く無いわけでは無い。笑点でおなじみの楽太郎氏は、時折政権への批判を込めた回答で皆を唸らせ、最近ではウーマンラッシュアワーの社会風刺の漫才も話題になりました。ただこの類のものは「うまいこと言うね」「よく言ってくれた」と関心の的にはなるが、腹を抱えて笑う対象にはならないと言う認識も現実的にはあると思います。*1

 しかしだからと言って、このまま何も考えずに笑っていれば良いというのは果たして許されるのでしょうか。今やTwitterやらYoutubeやら、好き勝手にコンテンツを発信することができる時代です。そんな時代に、わたしたちの笑いの本質は、「弱い者いじめ」のままで良いのでしょうか。一人一人のコンテンツ発信力が高まっている中、弱者、少数者を面白がることでしか笑えないのは、危険ではないでしょうか。

 他人を見下す類の笑いより、もっと面白いもの探しませんか。

 

読んでくれてありがとうございました。

 

*1:「笑い」と「権力」に関する問題提起と視点は、今年度自分の大学で講師を勤めてらした桜井圭介氏の講義内での指摘にも多くの部分で影響を受けています。