音楽地獄

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幸福だった「時間」から遠のいていく事について

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 楽しかった時間を思い返すのは幸せだけれども、同時に寂しい。

 現在の日常が嫌とか不満があるとかそういうのとはまた違う。ただ過去の時間を思い返して「あの時間にまた戻りたいなぁ」と懐かしくなる瞬間がある。出来ることなら映画や本を何度も見返すみたいに「あの時間」をループしてみたい。

 思い出を思い出す私は、二度と思い出を「経験」することはできなくて、思い出に対して客体になってしまっている。時々、自分の中で抱えている数多の「あの時間」の記憶に取り残されているような気分になる。

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 数年前、ギタリストのガスリー・ゴーヴァンを観に大阪へ行った。年の瀬だった。ライブが始まるまでは、1日で大阪のいろいろな場所を巡った。一人で関西へと遠出する、初めての経験だった。友人知人と会い、行ってみたかった楽器専門店へ行き、行ってみたかった店で食べたかったものを食べて1日を過ごした。心待ちにしていたライブは期待以上のもので、このステージを観た事はきっと忘れまいと思った。公演は拍手喝采で幕を閉じ、すべてが終わって夜行バス乗った時、幸福感と同時に寂しさでいっぱいになった。

 ライブは終わり、旅の時間は過ぎ、現実のこの瞬間はどんどん楽しかった非日常から遠ざかっていく。それにつれて細かな記憶も薄れてしまう。あの時間を共有した誰もが「あの日は楽しかったなぁ」と言いながら忘れていく。思い出そうとする私だけが取り残されていく。

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 私はこんな風に、幸福な記憶がどんどん遠のいて忘れて失ってしまう事が怖い。と同時に、忘れたからといって消滅したわけではないと信じている自分も居る。

 10年近く前、二代目J Soul Brothersのライブに行った時の事。EXILEのSHOKICHIが「この時間を過ごせたって事は永遠に変わらない事だ」というような話をしていて、大変感激した記憶がある。誰かにそう言って欲しかったし、何よりステージに居る人に言ってもらえて嬉しかった。当時は「近い事を考えている人が居るんだ!」とも思った。

 極端な例だけど、私を含めた全ての人が幸せだった「あの時間」を忘れてしまったとしても、幸せな「あの時間」が流れた事実は変わらない、と信じてる。

 

 そうは言っても、やっぱり、映画や本のように、何度でも「あの時間」に立ち返る事ができたらいいなぁと。そりゃまあ、性懲りないけれど、そう思ってしまうのだった。

 

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